秋は深まり、山々は裾から黄色や赤の錦を纏う。奥州の秋は駆け足だ。ほんの束の間鮮やかに染まったと思うと、すぐに長い冬がやってっくる。
政宗の居城にも、晩秋の気配が色濃くなっていた。ほんの数日前まで枝先で色づいていた葉は、瞬く間に紅葉の絨毯になっている。風流心ある主が庭に植えさせたもみじも散り始めるころだろう。風もないのに舞い散る黄葉を見ながら、小十郎は渋面を作った。
このところ、政宗の様子がおかしい。暇さえあれば(あるわけがないのだが)自ら作った気に入りの座敷で、ぼんやりと過ごしているのだ。
原因は、おそらく分かっている。長きに渡り、政宗が好敵手と認め、何度も手合わせを繰り返してきた相手。先の大戦で、討ち果たせなかった男。
終戦直後は、戦死者の弔いや戦の事後処理など、休む間もなかった。寝る間も惜しんで駆け回る主を、小十郎はひそかに気に懸けていたのだ。ひと段落ついた今になって反動が来るのはわかる。
それが、折悪く秋だった――あの男を彷彿させる色に満ちた、紅葉の季節。
開け放たれたままの襖を覗くと、やはり政宗はそこにいた。だらしなく両足を投げ出して、――これも政宗がこだわった、丸窓の外をぼんやりと眺めている。その傍らには、久しく使っていない六爪が無造作に置かれている。
大阪の陣が終わった後、もう使うことはない、と、自ら手放したはずのものだ。どこかから引っ張り出してきたらしい。
戦場で、一度はまみえた。あの男は何時ものように暑苦しく政宗に勝負を挑み、答えを待たずに斬りかかった。政宗も、あの刀を抜いて受けた。
「政宗様」
静かに襖を開き声をかけると、ちっと舌打ちが聞こえた。政宗がわずかに振り返り、眼帯をした方の横顔が垣間見える。大きな眼帯に隠されて表情はよくわからないが、機嫌がよくないことだけは確かだった。
「わぁってるよ。小言はいらねえ」
「分かっているならよいのです」
慇懃に威儀を正して、いつもの調子で返す。フイと顔を戻した政宗が、口の中で何か悪態をついたのが聞こえた。何かおっしゃいましたか、とわざと尋ねると、なんでもねえ、と乱暴な答えが返ってきた。いつまでも子供のようなことをする。
わかってる、と口では言いながら、窓の外に顔を戻すとまたぼんやりとして動きを止めてしまう。見事な一枚の絵のように切り抜かれた景色の中で、赤が舞っていた。
「政宗様、その刀は」
「ああ、これ……な。もう、いらねえんだよな」
問うと、形の良い指が愛おしげに鞘を撫でた。刀などいらない世の中こそ、望ましいものだと頭では分かっているのだろう。わかってはいても、政宗の手は鞘を握りしめている。
一度は、刀であの男の突進を受けた。その高ぶる気持ちのままに、打ち合えればよかったのだ。
政宗は、それが出来なかった。己の心と、立場と、領民とをはかりにかけて、全てを賭けて戦うことができなかった。
それがいいのか悪いのか、小十郎にはわからない。領主としては、理想的な判断だったのかもしれない。しかし、燃やしつくさなかった炎が、まだ政宗の中でくすぶっている。赤を見るたび、政宗の頭はあの男でいっぱいだ。
(くそ、いまいましい)
死んだ後にまで政宗様の心に居座り続けるなぞ、図々しいにもほどがある。記憶の中の男に唾を吐いてみても、それで現状が変わるはずもない。
後悔を、しているのだろうか。あれほど望んでいたにもかかわらず、全力で臨めなかったことを。
「後悔なんざ、しちゃいねえよ」
小十郎の心を読んだかのような言葉にはっとして政宗を見た。政宗は相変わらず、じっと丸窓の外を眺めている。窓に切り取られた景色の中では、真っ赤なもみじがひらりひらりと舞っている。
「あいつはあいつの信じる道を突き進んだ。俺は俺の道を選び取った。それだけだ」
淡々と、流れるように言葉が紡がれる。
「それだけだ」
自分自身に言い聞かせるように、政宗は繰り返した。
「見ろよ、小十郎。奇麗じゃねえか」
言われて追った視線の先には、深緑の苔の上の鮮やかな散紅葉。霜が降りたらすぐにみすぼらしく変わってしまうだろう、刹那の美しさ。
「美しい、ですね」
思った通り素直に述べると、政宗は、お前が言うと似合わねぇ、と言って、笑った。
≪ 品書 ≫
自分で書いといて意味がわかりません(泣笑)
うちの筆頭は基本的に乙女なのです。そして英語を喋らない。