*微えろ ご注意!





 失くした腕がうずくのだ。
 褥に横になっていると、いつもいつも右腕が痒いような気がする。見えない腕がうずくたび、幸村は忍を呼びつけた。

「佐助、佐助、おれの腕はどこだ」
「あの爆発で、吹き飛んじゃったよ」
「うそだ、だって、まだうずく」

 いかに忍といえどないものをどうにかするすべはなく、幸村がいくら何とかせよと駄々をこね癇癪を起しても、神経を苛む感覚が取り除かれることはなかった。
 それが何を求めているのか、幸村には確とは分からぬ。もう一度槍を握り、戦場に立ちたいのだろうか。もう一度、独眼竜と刃を合わせたいのだろうか。それとも、何度か触れたその体を抱きしめたいのだろうか。





「相変わらずへったくそなkissだ」

 唇を離すと同時に政宗は悪態をついて笑った。その率直で失礼な言い草も相変わらずだ。だが腹を立てる間もなく政宗の両腕が幸村の頭を引き寄せ、深く唇を合わせた。
「っ! ……、ふッ、は……」
 貪り尽くすような口吻けに、先に音を上げるはいつも幸村の方だ。片手で縋りつけば、やっと腕が不自由なのを思い出したように攻め手が緩む。ようやっと解放されて見ると、政宗は口元に余裕の笑みを浮かべていた。その表情は何一つ変わりないが、いつも強い光を湛えていた左目が幸村を見ることはない。
 こんなにも激しいくちづけをするのに、この男と魂を削るような戦いがもう二度とできないなど、性質の悪い冗談としか思えない。

「帯を、ときまする」
 僅かに息を乱して告げれば、それを合図に政宗の両手も幸村の背に回った。触れ合っていれば見える見えないはあまり関係ないようで、するり、と瞬く間に帯がとかれる。
 一方幸村は腰帯に手をかけたものの、片手ではうまく結びがほどけない。苦戦していると、政宗が手探りで自ら帯を解いた。器用な指だ。藍の着物の衿が乱れ、白い肌がのぞく。

「脱がせまする」
「……っ、いちいち、言うなっ」
「されど、見えぬ相手に突然触れるなど、」
 驚かせてしまいましょう、というと、政宗はフンと鼻で笑った。

「そんくらい、気配で分かる」
 過ぎるくらい自信に満ちた声に、幸村は素直に嘆息した。視力を失っても、政宗はやはり一流の武人だ。見えているのに、万事に手こずって満足にできない自分とは違う。

「政宗殿は、すごいでござる」
 一つの掌で政宗の背をさすりながら呟くと、政宗は不思議そうな顔をした。向こうから見えない分、以前より表情が無防備に表に出ているようだ。
「何が」
「特に何がとは、言えませぬが」
 何でも幸村よりも器用にこなしてしまうところだとか、いつまでも自信満々でいられる精神力だとか。そんなことを言えば、政宗はどこか自虐的に笑った。

「俺は、見えねえからこうでいられる。お前には、全部見えてんだろ」

 見えないはずの顔をしかとこちらに向けて、口元を歪める。政宗の言いたいことが、幸村にはよく分からなかった。確かに、幸村は両の目は見えている。だが、それでまこと真実が見えているかと言えば、そうでもない。


 そもそも、五体満足な時でも、何事も忍に手伝わせることに慣れ切っていた。世話焼きの忍は、片腕で不自由な主の面倒を本当によく見た。だから、幸村は普段の暮らしで不便を感じたことはほとんどない。
 不自由がないから、どうかすると忘れそうになる。本当にそこに腕はないのか、見えないだけで本当はあるのではないかと、何もない己の肘から先を見るたびに不思議な心地がする。
 そして、うずくのだ。
 痛いような痒いような、力を込めたいのに力が入らない、そんな宙に浮いたような感覚だ。槍を握れば消える類の違和感だろうと考えて、そして不意に思い出す。そこに、槍を握る腕はないのだ。しかしそれは実感を伴わず、事実として刻みつけるには至らなかった。
 今も、また政宗と手合わせができるような気がしている。六爪の竜と相対し、こちらも二槍を握って、何もかもが焼き尽くされるような興奮にまた浸れるような気がするのだ。

 見えないからこそ、そうも強く在れるというのなら、大したことだ。見えぬ、とは、絶望すらも眼中には映らぬという意味だろうか。光のない世界というのは、幸村には想像もつかぬ。そんな中でも微塵も怯むことがないのは、政宗にしかできないことだと思う。

 もう戻らぬものを自覚して、認めながら、それでも龍は道の先を求めている。
 奥州の覇者に見合う男になりたいと、その一つ目に映りたいとひたすら追いかけてきたが。両目をつぶされてもなお、龍は幸村の遥か上を行く。


「それがしには、何も見えてはおりませぬ」

 艶やかな黒髪に指を遊ばせながら、盲の相手の肩に甘えるように額をすり寄せた。政宗の手がそろそろと幸村の右手の位置を探っている。右腕を探り当てた政宗が、布を巻かれたその傷口に唇をよせた。ちゅ、と音を立てて口づけられて、神経を焼き切るような激痛に襲われる。
 痛みと同時に、はじめてはっきりと自覚して涙が出そうになった。ああ、そこに、腕はないのだ。

「痛かった、だろ?」
 覚えとけ、怪我をしたら痛いんだ。辛そうに顔を歪めて囁く政宗の目は閉じたまま。そのまなざしを掴めないのと同じように、己の腕も二度度政宗を抱き寄せることはない。

「政宗どの」
 声は本当に泣き声になってしまった。顔を確かめられない政宗は、泣いているものだと思ってしまっただろう。それでも、構わない。どうせすぐに涙がこぼれてしまう。


 その腕で何をしたいのか、幸村には分らなかった。再び刃を交えたいのか、それとも傍らの肩を抱きしめてやりたいのか。
 今はただ傷口を愛おしげに撫でる指先にこみ上げる愛しさを伝えるすべがないのが悲しくて、幸村はただ名を呼ぶ。

「まさむね、どの……」
 今すぐ、その背に腕を回して抱きしめたいと。叶わぬ願いを思うたび、失くした腕がうずくのだ。




 品書 



龍に憧れた記憶。

愛でたいのか喰らいたいのか微妙な旦那。体の一部を失ったのをいまいち理解できてない。