*非死ネタ注意報
一行の前に現れたのは、墓地だった。
数え切れないほどの墓石の群が果てしなく広がり、端は闇ではなく、薄いもやに隠されて見えない。道らしい道はなく、墓の間を縫って進むしかなさそうだ。頭上は霧が立ち込めて薄らと明るい。
元親はもう灯りは必要ないと判じ、碇槍の火を消した。ようやく自由に槍を振るえる、とこころなし嬉しそうだ。
「次から次へと、嫌な所だねえ」
慶次は広がる光景をぐるりと見回して言った。その口調はあくまで軽いが、苦虫をかみつぶしたような顔は本物だ。元親が茶化すように声をかける。
「お化けが怖いって年でもねえだろ」
「……まあ、それはそうだけど」
それでもさあ、と尻込みする風情を見せる慶次に、幸村が不快気に眉を寄せる。軟弱な、と吐き捨てるような言葉に、慶次の表情が固まる。
「道はこの先にあるんだ。行くしかねえだろ」
政宗の言葉に従うように、一行は死の気配が漂う道に足を踏み入れた。
墓地は荒れ果てていた。墓石は傾き、ひび割れている物も多い。切支丹の供養塔である十字の碑もあちらこちらに立てられていた。その前は、まるで今しがた掘り起こしたかのような柔らかい土が敷かれており、足を置くとふんわりと沈む。
「なんて書いてあるんだろうな?」
「よせよ、悪趣味な」
慶次は元親に嫌な顔をされても構わずに墓石に近づいて、うわあ横文字だ、と場にそぐわない歓声を上げた。政宗に声をかけて、ぎろりと刃のような眼で睨まれる。幸村だけでなく政宗にまで冷たい眼で見られ、さすがに元気も萎んだ。
無言で進む方がよほど気が滅入る。ましてやこんな場所だ。しかし、こうも邪険にされては会話は諦めるしかない。元親だけが労わるように肩を叩いた。
はじめはだいぶ遠くまで見通せたのに、進むにつれて霧が濃くなってきたようだ。来た方はすでに白い霧に覆われ、方向感覚が狂ってくる。元親はすぐ傍を歩く慶次を横目で見、重い口を開いた。
「今更かもしれねえけどよ……、壁を伝っていった方が良かったんじゃねえか?」
成り行きで全員でこちらに来てしまったのは、慶次が最初に迷いなくまっすぐ墓地に踏み込んだからだった。当の本人はけろりとした顔であっけらかんと言う。
「大丈夫。多分、こっちで合ってる」
その言葉は先の軽薄な言動も手伝い、いまいち信用にかけた。よもや何も考えていないのではあるまいな。一行の間に険悪な空気が立ち込め始めたときだ。
ゆらり、と。
正面のもやの中で黒い影が動いた。大人ほどの大きさの影は、頭に当たるだろう部分をゆらゆらと左右に大きく揺らしながらこちらに近づいてくる。
人なのだろうか。こんな場所にいるとしたら、妖か亡者が似つかわしいが、そんなものが歩いてやってくるわけがない。足を止め、そちらを凝視する。
「!! どわぁぁあッ!?」
突然、完全に注意がそれていた足下に何かが絡みつき、元親は思わず悲鳴を上げた。
手だ。青白い人の手の形をしたものが、地面から飛び出して元親の具足を凄まじい力で掴んでいる。その周りの土が蠢き、盛り上がり、その下から人の頭が現れる。現実離れした光景に竦んだようになって、唖然と見ているしかできない。
その腕の肘から先が、長刀の一撃ですっとんでいった。足が自由になり、我にかえって這い出して来る男の頭を思い切り蹴り飛ばす。思ったより脆く、首がぽきりと折れた。首をへし折られてもそれは動きを止めない。ただ動きにくそうに両手を彷徨わせた。
政宗は素早く周囲を見渡し、舌を打つ。
「囲まれてるぜ。多分、それと同じ奴らだ」
「やっぱり、ただじゃ通してくれないか」
さすがに慶次も目を険しくする。一つだけだと思っていた影は、いつの間にか四方から迫ってきていた。
ぼろきれをまとったそれらは、落ち武者の亡霊の類ではない。恐怖に縛られさえしなければ、所詮彼らの敵ではない。
ただ厄介なのは、並の人ならば動けなくなるほどの攻撃を加えても、折れた脚を引きずり、あるいは臓物をぶら下げながら、何度でも襲いかかってくるところだ。それに、亡者どもはおそろしく力が強い。
だが慶次は、亡者よりも一瞬でも目を離すとすぐにはぐれそうな幸村に手を焼いていた。
「ぉらおらぅおるぁぁああ!!」
「幸っ、そっちじゃないって!」
「邪魔だ邪魔だぁぁあ!!」
群がる亡者が戦場を彷彿させるのか、戦さながらに暴れまわる。あの飄々とした忍の苦労が分かる。政宗と元親は、成り行き上互いの背を守るように武器を振るう。互いに隻眼という不利な条件故だ。
戦っているうちに方向が分からなくなる。その度に慶次が正しいだろう方向を示し、皆はそれに従った。なぜわかるのかは誰にも知り得なかったが、今は自信ありげな慶次に頼るしかなかった。
何とか幸村も誘導しつつ、大分走ったと思われる頃。群がる亡者どもを薙ぎ払おうとした慶次の腕が、突如ずんと重くなった。そんなことはおくびにも出さずその一刀は振り抜く。一挙に3、4の死人がばらばらと吹き飛ぶ。そして手の空いた一瞬のうちに、素早く他の3人の様子を確かめた。異変はないようだ。そのことにひとまずほっと息をついた。この霧の所為ではない。
(やはり、きたか)
その気持ちが大きかった。半ば予想はしていた。始めに負った噛み傷が、今頃になって痺れてきている。一通りの毒に対する耐性はあるが、この場のものにどれだけ効果があるかは分かっていなかった。だから、ここまで持ってくれただけ上出来だと思うことにしよう。
反対の壁が見えてきた。またいくつもの入口があるのに元親が悲鳴をあげ、政宗は異国語で何か悪態を吐く。だが慶次は、無数にある横穴の一つに他と違う空気の流れを感じとった。
「あれだ!」
はっきりと一つを指差し、叫ぶ。
二人は一瞬慶次を見、何も言わず走り出した。雄叫びを上げながらまだ亡者の湧き出る方へ突進していく幸村を捕まえて小脇に抱え、二人を追う。
踏みだす足が重い。あとどれくらい、不調を隠してふるまえるのだろうか。どれくらい、持つのだろうか。
仮に自分が動けなくなったら、皆は置いて行ってくれるだろうか。――連れて行こうとするだろうか。
(迷惑、だよな)
余計な迷いを与えてしまうのは、友達として許せない。じきに動けなくなるのは分かっているのだ。それならば。
「気をつけて、な」
へらへらとふざけた態度をとり続けていた慶次の真剣な声音に、幸村が不審な顔をした。だが何か問う猶予を与えず、自らが示した出口に放り投げる。狙い違わず先に駆け込んでいた元親に受け止められたのを見届け、その場で刀を握る腕に力を込める。
驚いたようにこちらを見た元親が、何かに気付いたように顔を歪めた。
「慶次殿っ、何を!」
起き上がろうともがきながら叫ぶ幸村に、微笑んでみせる。
生き残れよ、と、その身には重いだろう言葉は呑み込む。
「俺にもちょっとぐらい、いいところ見させてくれよ!」
軽口と共に、渾身の力を乗せた長刀を大振りに薙いだ。淡く色付いた風が強大な破壊力を持って、地を削りながら一直線に3人のいる入口に迫る。それは粉塵を巻き上げながらその外壁を削り、岩を降らせる。
入口は瓦礫に埋もれ、僅かに感じていた空気の流れも、ふつりと絶えた。
≪ 品書 ≫
慶次の空気読まない言動は場を明るくしようという配慮だと思う。果てしなく空回ってるけど。
私の中の慶次は、やろうと思えば忍働きもできる実はすごい人設定です。蒼紅で歯が立たなかった秀吉相手に一人で立ちまわってるんだもの。
小田原CDでは乱入してほしかったです。絶対来ると思って待ってました。裏切られました。