そこは奇妙な空間だった。
 見渡す限り、広がるのはただ黒々とした闇ばかり。無限の奥行きがあるのか、それとも闇がそう見せているだけなのかも分からぬ。
 天も地もないただ黒いだけの空間に、六つの色がぽかりと浮かんでいた。

「うーん……」

 最初に唸って、闇の上をごろりと転がったのは、ひときわ大柄な派手な衣裳の青年だ。
 その声に、少し離れた所にあった濃緑の青年の、鉤爪をした指先がぴくりと動いた。やがて警戒するようにそろそろと瞳が開き、現れた鳶色の瞳が状況の異様さに戸惑うように揺れる。
 しかし、なにはともあれ見つけた赤い青年に這い寄り、そっと肩を揺さぶった。旦那、と、囁きにも満たない声で呼びかけると、青年が身じろいで、ちり、と微かに金属の触れ合う音がする。

 そうしているうちに、別の色がむくりと身を起こした。たくましい半裸の上半身に赤紫の洋服を引っかけ、同じく赤紫の珍しい形の眼帯をした男は、うっそりとだるそうにあたりを見回してガシガシと頭を掻いた。
 陽の下で輝く銀髪は、この闇の中でもはっきりと映える。なんだぁ、と、独特のかすれた声が闇を伝わった。

 次々に点在していた色たちが身を起こす。片頬に傷のある強面の男は、外見に反した丁寧な態度で蒼い羽織の青年を気遣っている。
 青年の兜の下の端正な顔は半分眼帯に隠れているが、一つ目であるだけ余計に眼光の鋭さが際立つ。その一つ目を不機嫌に細めて、青年はこの場の面々を見回した。

「小十郎……。どういうsituationだ、これは」
「は……、私にも、なんとも」

 蒼の青年は眉をよせて、戦場で真田幸村とやり合ってたはずだが、と呟き、まだ転がっている赤い青年に目を向ける。
 その声に、赤い青年が起こそうとしていた青年の手をはねのける勢いで飛び起きた。旦那ー? と目の前で手を振る青年には反応せず、視線をふらつかせる。その目が蒼い青年を捉えると、少年の面影が残る顔が好戦的に輝いた。

「伊達政宗!」
「ちょっと待てぇぇえ!」

 勝負! とそのまま弾丸のように駆け出そうとした襟首を、鉤爪がひっかけて止めた。凄まじい勢いに引きずられそうになって、見えぬ地面に足を踏ん張る。

「この状況にまず気付いて! 明らかにおかしくない!? 俺達変な所にいるよね!?」

 必死の言葉に、赤はほんの一瞬立ち止まった。が、周囲の景色を気にする様子もなく、振り返って子供じみたふくれっ面で止めた青年を睨む。

「それより、佐助! お館様につけと命じたはずだぞ、なぜここにいる!」
「気にするとこ違っ……あぁ、もういいよ。真田の旦那だもんな……」

 いちいち大声で叫ぶものだから、やかましいことこの上ない。佐助、と呼ばれた青年は全力で突っ込みかけ、力尽きたようにため息ともつかぬ声を吐いてがっくりとうなだれた。

 その騒ぎの中、最後まで横たわっていた青年がようやく身を起こした。
 ただでさえ常人より頭一つ飛びぬけた体格に、目が痛くなるような派手な色の着物を斜めに来て、頭の天頂近くでくくった髪には何か大きな鳥の羽を挿している。どこにいてもさぞや目立つだろうという格好だ。
 その傾者は、そこにいる5人を見て目を丸くした。

「あれ、なんでこの顔ぶれがそろってるわけ?」
 ていうかここどこ? そう言いながら銀髪の男に、久しぶり、などと手を振っているあたり呑気としか言いようがないが、疑問は的を射ていた。この奇妙な6人は、本来一所に居合わせるはずのない者達なのだ。

 奥州の独眼竜伊達政宗、竜の右目片倉小十郎。
 甲斐の虎の若子、真田幸村と、その懐刀猿飛佐助。
 四国の鬼を自称する長曾我部元親。
 それに、気の向くまま、どこにでもふらりと現れる前田の嫡男慶次。
 慶次はともかく、他の面々は戦でもなければ普通は顔を合わせることもない。

「そりゃこっちのセリフだぜ。俺達はそこの真田と、partyの途中だったんだ。何で四国の鬼と風来坊がここにいるんだ」
 政宗に問われて、二人は顔を見合わせた。

「俺ァ、ちょいと海賊退治に船出したらしけに襲われて」
「まつ姉ちゃん怒らせちゃってさ、当てがなくて腹減って」

 気がついたらここにいたという。意識の途切れた状況は定かではないのは、全員同じだった。一同は黙り込んだ。なんとなく、気まずい沈黙が流れる。やがて、慶次が口を開いた。

「ひょっとして、俺達死んじゃってるんじゃ」
「ちょ、縁起でもないこと言わないでよ」
 軽い口調ながら、そう言う佐助の顔は青ざめている。同じ事を想像していた顔だ。
 あり得ない背景に、あり得ない面子。全員で同じ夢を見ているのでなければ、それしか考えられない。
 再び沈黙が流れた。その沈黙は、突然仁王立ちで絶叫した幸村によってぶち壊された。

「ぅおやかたさばあぁぁあああ!! 申っし訳ございませぬぅぅああ!」
「政宗様!!」
「うっせぇ何でお前こんなとこまでついてくんだよ!!」

 叱ってくだされ、と男泣きに泣き崩れる幸村を、佐助は冷めた目で見守った。小十郎の怒号と、言い返す政宗の声がかぶる。その傍らでは、元親が優しすぎる表情でどこか遠くを見ている。
 「あいつら、あの世まで無事にたどり着けたかな……」と呟くのが聞こえた。


 ――もう、うるさい人たち……

 突然、どこからか声がした。全員はっとして身構えた。一瞬にして緊張が高まる。
「何者っ!」
 小十郎の鋭い叫びに、声は数泊沈黙した。しかし気圧されたわけではなく、単純に答えを考えていたようだ。
 ――神様、ってことにしといて。
 声変わり前の子供のようなあどけない声が、子供っぽいどこか舌足らずな話し方で答える。それは闇の中から聞こえてきているようでも、それぞれの頭に直接響いているようでもあった。見回しても、6つ以外の色はどこにも見えない。

「神様、ね。なら教えてくれよ。ここは何だ? 何で俺たちはここにいる?」
 慶次が姿の見えぬ自称「神サマ」に向かって両手を広げて問うた。

 ――そこは仮想現実世界(ヴァーチャルリアリティワールド)。まあ、夢みたいな物なの。

「夢……? なら、黄泉路というわけではないのでござるな!」
 ――そう。君たちは、まだ死んでない。
 その言葉に、喜色が広がる。声は続ける。

 ――ちょっとしたアクシデントだったの。君たちのいた時空でちょっと大きいエネルギー派を観測したから、サンプリングしようとしたら機材が暴走して、フィールドごと消し飛んじゃったの。あの程度のエネルギーでオーバーヒートするはずなかったの。残ってたデータからなんとか復元できたけど。

 意味が分からない。政宗は、いつの間にか翻訳を求めるような視線を向けられていることに気づいた。鬱陶しい、と顔を顰める。
「Don't look at me. That's not English.」
「ねえあんたも頼むから分かる言葉で話して」
 明らかに機嫌を悪くした政宗の視線を、佐助は飄と受け流した。小十郎に無言で諌められ、仕方なく言葉を飲み込む。

 元親は声のする方、漠とした闇に顔を向けてじっと話を聞いているようだったが、肝心の所を問うた。
「で、どうしたら元の場所に帰れるんだ?」

 ――ボクのゲームに付き合ってほしいの。

「ガキの遊びに付き合ってる暇はねえんだよ」
 政宗が凄んでみても、声はまるで無視して続ける。

 ――ルールは簡単。生きてそこを抜け出せたら、君たちの勝ち。

「これはまた、物騒なお遊びだねぇ」
 分からない部分があっても、文脈から大体の意味は捉えられる。佐助が茶化すように言ったが、目の奥は笑っていない。
「つっても、標もないこの闇の中でどうやって出口を見つけろって?」
 ――心配しなくても、ちゃんと道は作ってあげるの。
 作る? 一同の疑問にはかまわず、声ははしゃいだような笑い声をたてた。これから始まることが、楽しくて仕方ないというようだ。
 愛らしい声が、無邪気に告げた。

 ――せいぜい、足掻いてみせて。


 声が消えると同時に、周囲が劇的に変化する。立っている足元も曖昧だった黒い世界が薄れて消えていく。代わりに、互いの姿も見えぬ闇に覆われた。しかし先ほどまでとは違い、しかと地を踏む感触がある。元親が試しに錨槍の先に火を灯すと、6人分の影が岩の壁に映し出された。
 暗い洞窟のようだ。どこかで水が滴る音がしている。6人がいるのは、行き止まりのちょっとした広場のようになっているところだった。道は1本しかなく、奥には黒々とした闇が続いている。道を作るとはこういうことか、と納得する。あのあどけない声が己を神だと言ったのも、あながち間違いではないかもしれないが。

「嫌な言い方」

 慶次が思い切り顔を顰めて、姿なき声に吐き捨てた。


 暗闇の迷宮へ。




  品書 



戦国で有り得ない共闘が書きたい、と思ったら何を間違えたのかこうなりました。
できる限り客観的に描写しようとしたら、おかしなことになってしまった気が。もう、お遊びです。慣れないことをするもんじゃない。
蒼紅主従は普通に会話しているだけで面白いと思うのです。ギャグを目指したわけではございません。最初っから最後までまじめ一本でございます(何か根本的に間違っている)。

こんな文体で、長くなりそうですが、お付き合いいただけたら幸いです。