うだるような夏の日の午後。外では太陽に焼かれたアスファルトが陽炎を立ち上らせ、蝉の声が暑さに拍車をかけている。
 照りつける太陽を逃れて部屋の中にいる男二人も、床の上でへばっていた。

「あぢぃ……」
「あづい……」

 うつぶせで呻いた政宗に、大の字に転がった幸村が返すともなく唸る。
 クーラーもつけない部屋である。直接日が当たらないだけましかもしれないが、じっとしているだけで汗が噴き出る暑さはもはや拷問だ。空気自体が生温いので、僅かでも涼しさを求めてフローリングの床にべったりと寝転がっているのだが、そこさえも自分の体温でぬるくなってきていた。
 床に置かれた盆の上、飲み干された二つのコップの中で、大量に入っていた氷がとけてほとんど水になっている。

「なぜクーラーがついておらぬのか」

 いつも寒いほどガンガンにクーラーをいれている政宗の部屋が、今日に限ってなぜこうも暑いままなのか。この部屋に入ってから何度目かの問いをまた繰り返す幸村に、政宗は死んだように横たわったまま投げやりに返した。

「I said. 言ったろ、おとといから修理中だって」

 来週まで戻ってこねえ、息をするのも鬱陶しく、喋るのも面倒で投げやりになる言葉に、幸村も暑さのせいかやや据わった目を向ける。
「なぜ春先に修理せなんだか」
「ばか。春にクーラーなんか使うか」
 使わない物は使えなくても困らない。困らなければ対処しようとは思わない。
 そういうことだ。政宗の心理がそれこそ手に取るように分かってしまったのか、幸村は睨むのもやめて全身脱力したまま天井を仰いだ。フローリングの上で手足をばたつかせて体温を孕んでいない場所を探しているが、政宗にはその気力もない。
 やがて、見つからなかったのかぐたりとした幸村の情けない声が聞こえた。

「……あづぃ……でござるぅぅ……」
「うっせ……てめぇがいると、倍暑い……」

 暑いと言っているのに何を思ったか、幸村はごろりと転がって、隣に転がる政宗に手を伸ばしてきた。
 袖をまくりあげた腕を掴まれた途端、伝わってくる熱に暑さが一気に倍になった気がする。触れられたところが、火に掴まれているように熱い。暑いと言っているのになぜくっついてくるのかと思えば、幸村の方はほっとしたように息をついている。

「ひんやりしてきもちいでござる〜」
「……てめぇが気持ちいいってことは俺は不愉快だってことなんだよ、離れろ暑っ苦しい!!」
「ゲフッ!」

 暑さとその他もろもろに対する鬱陶しさの苛立ちに任せて横腹に蹴りを入れてやると、まともに入ったらしく幸村は声もなく腹を押さえて悶えた。
 騒がなくとも、やかましい。もはや存在が暑苦しい。
 政宗は幸村と反対側の冷えた床の上にずりずりと移動して、しばしの心地よさを味わう。しかし冷たい床はものの十数秒でぬるくなり、やはり移動するのも面倒になって再び床に張り付いた。
 少し開いた距離を、よせばいいのに幸村はまた転がって詰めてくる。この暑い中、手を伸ばして届く距離に入ろうとする精神が理解できない。
 1度蹴られて苦しんだにもかかわらず、懲りずに今度は頬に手を伸ばしてくる。払い落すのも面倒でぼうっとその手を眼で追う。ひたり、触れた手はやはり炎のように熱い。
 暑い。剣呑に目だけを細めると、怯えたように慌てて手を引っ込めた。

「佐助も、伊達と同じくらい冷たい」
「そうかい」
「佐助は、ぬくまるまで触らせてくれる」
「頭おかしいんだろ」

 ずばりと切り捨てる。幸村はううむと唸ってごろりと政宗から離れた。腕1本は僅かに届かない距離で仰向けに転がって目を閉じるのを、政宗は片頬を床につけたまま眺めた。
 眠ってしまうつもりらしい。眠ってしまえばこの不快感からは解放されるから、いちばん暑いこの時間帯に昼寝をするのは的を射ている。

 本当に、どこかおかしいに決まってる。このクソ暑い中、自分の熱でさえ持て余しているというのに、こんな炎みたいなやつに触れられていたら、いずれ茹って死んじまう。冗談じゃない……。
 しかし、そこで佐助の名が出てくることが、なんというか、こう、気にくわないのだ。胸の中がちくちくする感覚に眠る気も起きず、政宗は幸村の横顔をじっと見詰めた。

 佐助は触らせてくれる、なら佐助のほうがいいのか、などと思ってしまったりして。



「ひぎゃあッ!!」

 ぴとり。衿元に手を差し込んで鎖骨の辺りに触れると、静かな寝息をたてはじめていた幸村は、絶叫して文字通りとびあがった。
 溶けかけの氷水の入ったコップを握ってキンキンに冷やした手の威力は凄まじかった。あまりの反応の良さに思わず腹筋がひきつる。笑うと余計に暑くなるのを嫌って堪えようとしたが、一度つぼに入った笑いはなかなか治まらない。
 なにをする! と怒るのを受け流して、冷たくて気持ちよかったろと笑った。幸村は驚かされて起こされて2度寝する気も失せたらしく、憮然として胡坐をかいた。

「アイスが食いたい」
「あー。勝手に食え」
「頂戴する」

 自分の家のように腰を上げた幸村に、転がったまま、俺ソーダ味な、と片腕だけ上げて注文する。伝わったのが分かれば、もう腕を持ち上げるわずかな力も勿体ない。政宗は上機嫌に身を震わせて笑いながら、ぱたりと全身を床にのばして、目を閉じた。


 戻ってきた幸村の冷凍庫で冷やした手に首筋を掴まれ、悲鳴をあげて飛び起きるのはすぐ後のこと。








さな→だて と見せかけて だて→さな。しかし気持ちは佐幸。
高校生くらいの男の子がじゃれ合ってる姿って可愛いと思うのですが私だけでしょうか。