*ちうあり ご注意!
先日からお仕えしている真田の幼い主殿は、全く困った御仁だ。忍びの者のなんたるかをこれっぽっちも理解していない。
己の影に名をつけ、なにはなくとも大声で繰り返し呼ばわるものだから、こちらはいい迷惑だ。屋敷中の人間に聞こえるような大声で名を叫ばれてははたまらないと姿を見せれば、何が楽しいのか満面の笑みで飛びついてきて、たわいもないことばかり言いつける。
どこどこに行きたいだの、何が見たいだの、大人たちよりも年の近い近習か、よく言うことを聞く遊び相手や何かと勘違いしているに違いない。
けれど主の下知には従うことしか知らない全き忍だった忍は、腹の底では下らぬと悪態をつきながらでも、どんな言いつけも忠実にかなえてやった。
今日も、あれが食べたいとごねる若さまのために、およそ忍の仕事とは思えぬような使いをこなしてきたところだ。
節句にはこれを食べるものだ、と若さまは訳知り顔で言ったが、それにどんな意味があるのかまでは知らぬと見えた。が、それについてとやかく言う筋合いはない。忍は言われた仕事を果たすだけだ。
何度か注文をつけられれば自然と若さまが何を好むか掴めてくる。どうやら一番の気に入りらしい茶屋に一っ走りご所望の品を調達してくると、若さまはこれ以上なく嬉しそうな笑顔になった。
さて一仕事終えたことだし、影は引っ込むかと思った矢先、ばりばり、と柔いもちを食むのと明らかに違う音が聞こえてきて、佐助は思わず振り返った。
口をもごもごと動かしている若さまは、好物のはずの大福に微妙な顔をしている。咀嚼するたびに口の中からざくざくと堅そうな音がする。その手元をよく見れば、
柏の葉も半月型にかけていた。
何事も佐助の予想の外を行く真田のこと、柏餅も葉まで食べるのが真田流かと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。かたい、唸った若さまは、次いでにがいと呻いた。佐助も思わず呆れた。
そりゃあ、そうでしょうよ。
「……恐れながら、」
葉は食うもんじゃねえよ、と、無論もう少しかしこまった言い回しで申し上げる。佐助の若さまは、鼻と眉間にしわを寄せてあどけない顔を顰める。不細工な顔。
「まえにたべたやつは、葉もたべられた」
片手に食べかけの菓子を持ち、片手でまだじゃくじゃく音を立てる口を押さえて言う。早春にくった、薄紅色の、と言うので桜餅だと分かる。確かにあれはそのように作ったものだから食べられて当然だ。それにしても、桜の葉は子供が嫌いそうな独特の風味があるのに、この童は平気らしい。佐助にはそちらの方が意外だ。
童はいつまでも顔を顰めて口をもごもごさせている。不味いのなら吐き出すなり飲み下すなりすればいいのに、と思いながら動けずにいる若さまを眺める。時折苦しげに息を吐くが、どうにもできなくなってしまったらしい。ばかだ。
くっと喉が鳴り、泣きだす前兆を感じ取って佐助は頬をひきつらせた。
この童は、ちびのくせに声ばかり無駄にでかいのだ。そんな大声で泣き喚かれるのは、困る。泣くのを宥める方がよほど骨なのは経験済みだ。
咄嗟に口を押さえる小さな手をはがして、自分の手を口元にあてがった。
「ほら、出しな」
口を押さえられて、若さまは丸い目を瞬いた。しかしあまりためらいなくあてがわれた掌に口の中の物を吐き出した。
佐助はそれを素早く懐紙にくるんで片付ける。さんざん悩まされたものがほんの一息のうちになくなってしまったことに、子どもはきょとんとして涙を引っ込めた。反応できずにいるのに構わず井戸端に連れて行き、さっさと口をゆすがせる。
そうして有無を言わさず口を拭ってやっている最中、若さまはやっと反応を思い出したように口を曲げた。
「まだにがい」
ほとんどきれいにしてやった後だっただけに、一瞬ぐらりと腸が沸く。
これでもかというくらい何度もゆすがせたのだから、もう味なぞ残っているはずがない。それともなにか、たとえ錯覚だろうと主がそう言うから、自分はまた水をくみ上げて、顔じゅう濡らしてうがいさせて、また拭ってやらなければならないとでもいうのか。
やってられるか。
「んむぐぅー!」
への字に曲げた唇を引っ張って引き寄せる。抗議に開きかけた口を己のそれでふさぐ。散々ゆすがせた後だから、味はない。だが確かにごわごわとするものは残っていたようで、佐助は若さまが苦いと言うた口腔をぐるりとなめとってやる。
「これで直ったろ?」
口を離すと、若さまはまん丸の目をぱちりと瞬いた。
そうして、己の口の中にかたい葉の欠片が一つも残っていないのを確かめてから、こくんと素直に頷いた。
あれ、予想外に忍が変態臭く。そして例の如く子どもの日関係ない。
こんなことしてますが別にやましい気持ちがあるわけではなく、
親鳥と雛みたいな他意のない視点だと 思 われ……(自信がなくなってきた)