*えろではないですが、接吻あり ご注意
立春を過ぎたとはいえ、山に囲まれた甲斐の地はまだ深い雪に閉ざされている。
佐助は寒い土間で火も焚かず、難しい顔で目の前の小さな包みを睨みつけていた。掌に収まりそうな小箱の蓋は閉められているというのに、独特な、主が好みそうな甘い香りが強く匂っている。
基本的に幸村の元に届くものは全て、先に佐助の検分が入る。内密の文や国政に関わる文書はこの内ではないが、香や食べ物、器のような特に主の生活に触れるものについては、毒が仕込まれていないか、危険なものが紛れていないか、厳しく検査される。
大抵は白か黒、どちらかに判別ができ、害有りと判じた場合は幸村の目に触れぬうちに捨てることも躊躇いはない。
しかし今、佐助は迷っていた。
今回送られてきたものは、佐助も初めて見る代物だったのだ。
物はこれ以上なく怪しい。嗅いだことのない独特な香りは、どうかすると癖になりそうな麻薬めいたものがある。良薬口に苦し、逆もまた然り。甘いもの、舌に優しいものは毒と相場が決まっている。しかしぽいと捨てることができぬも理由もあった。
なにしろ送り主は南蛮かぶれ独眼竜。奥州の主に並々ならぬ執心を見せる我が主に、佐助が勝手に独眼竜からの贈り物を捨てたことが知れたら何を言われるか。
独眼竜殿は毒などという卑怯な手は使わぬ、無礼であるぞ、疑うた非礼を詫びて来い――なんて大真面目に言われそうだ。冗談じゃない。
かなりの逡巡の後、意を決して蓋を開けると途端に今までよりも強い匂いが辺りに広がる。佐助は鼻にしわを寄せた。一見したものは、泥団子のように見えた。いったい何がこれほど強いにおいをはなつのか。
添え書きの大半を占める、ぐちゃぐちゃとみみずがのたくったような異国語は読めぬ。どうにか部分的に解読したものによれば『しよこれいと』と呼ぶらしいが、効能は全く分からない。いかに薬の知識の深い忍びといえど、異国の物ではその範疇外だ。
やはり怪しい、主に何を言われようと捨ててしまおうと心に決めた矢先、当の幸村がひょこりと顔を出した。赤の袷に半纏を着こみ、寒いだろうに火の気のない土間を覗き込んでいる。
「どうしたの、旦那」
「いや、何か作っているのかと」
残念、何にもしてないよ、と肩をすくめてみせると、幸村は下駄をつっかけて降りてきた。その目は突然のことに隠すことができなかった小箱に向かっている。まずい、とさりげなく片付けようとしたが、その前に幸村の質問が飛んできて佐助は肩を落とした。
「なんだ、それ」
「旦那に届いてた贈り物。検分してたの」
「食い物か?」
「こんな泥を固めたようなもの、食べられる訳がないでしょうが」
「だが、甘い匂いがする」
幸村は佐助の手の中の小箱に鼻を近づけて、くんくん匂いを嗅いだ。犬みたいな真似やめなさいよ、と取り上げても、幸村の視線は小さな箱の中身に釘付けになっている。独特な甘い香りに既に虜にされてしまったらしい。
いずこからの物だ、問われて、馬鹿正直に奥州からと答えてしまったのも間違いだった。食えるのか? 甘いのか? 爛々と輝く目が問うている。
「わかった、わかったよ。毒見するから、ちょっと待って」
詰め寄られて、佐助はついに折れた。本当はにおいの強いものはあまり口にしたくなかったが、幸村があまりにも期待に満ちた目をするのでそう言わざるを得ない。
「毒見などと、無礼であるぞ! 味見と言え!」
幸村は眉を吊り上げて見せながら、佐助が茶色い欠片を口に運ぶのを興味津々、凝視する。
口に入れたそれの甘みの強さに佐助は思わず眉を顰めた。これはなるほど、旦那が好みそうな味だ。舌の上でなめらかに溶けた甘い液をほんの少し喉に流し込む。己の体の僅かな変調から読み取れるのは、弱い興奮効果。それ以外は特にこれという毒もなさそうだが。
幸村は大人しく佐助の答えを待っているかに見えたが、佐助が何か言う前にひょいと手をのばして、こげ茶色の欠片をさっさと口に放りこんでしまった。
「! ちょっと!」
「よいではないか。独眼竜殿が毒などという卑怯な手を使うわけがない」
佐助の非難もどこ吹く風といった様子。口をもごもごさせながら、小刻みに足を踏み鳴らして感動を表す幸村に佐助は呆れかえった。
確かに、この小さな一箱分食べたところで、せいぜい夜眠れなくなる程度だろう。でも、せめてもう一寸警戒心だとか我慢強さだとかを身につけた方がいいんじゃなかろうか。
「何たる美味! このようなっ……、佐助っ、もっと!」
佐助の危惧をよそに子供のように顔を輝かせてねだる幸村に、怒る気もそがれた。もう好きにして、と脱力しながら小箱を幸村の手に渡してやる。
胸やけがするほど甘ったるい欠片を嬉しそうに食べ続ける幸村を、一寸信じられない思いで眺める。こちらは口に残った欠片の処分にも苦労しているというのに。
佐助が甘すぎる欠片と格闘しているうちに、小箱につまっていた甘い菓子は、あっという間に全て幸村の腹におさまってしまった。
一箱をほぼ一人で平らげたにもかかわらず、幸村はまだ物足りなそうな顔だ。少しばかりの依存性もあったのかもしれない。どこかうっとりと甘い息を吐きながら、切なげに呟くのに冷やかに返す。
「政宗殿にお願いすればまたいただけるだろうか」
「独眼竜の旦那が何の見返りも求めないとは思えないけどね」
「さすけぇ」
「甘えた声出しても駄目だよ」
余程その菓子が気に召したのか、それともそれの興奮剤としての効果か。恨みがましく佐助を睨む頬には赤みが差し、目の縁は滲んでいる。普段は偉そうに大人の顔をしているくせに、ごくたまにこんな子供じみた行動を見せる。
もう。もう。そんな顔をされたら、なんとかしてやりたいと思ってしまうじゃないか。
「旦那っ、こっち向いて」
顔を上げた幸村に素早く近づいて唇を合わせる。油断して薄く開いていた歯列の奥に、持て余していた甘ったるい欠片を舌先で押し込む。そして佐助はすぐに身を引いた。一瞬の早業に、幸村は何が起きたか分からぬ様子で見開いた目を瞬いた。口の中に求めた甘味があるのには気付いたようで、とりあえず無言で味わっている。
「うまいかい」
佐助の問いに幸村はこくりと頷いて、それから頬を真っ赤に染めた。
この人の唇の甘さなら、何度だって味わいたい。佐助は甘い舌でぺろりと唇を舐めた。
ぐぁあ甘っ……!! は、恥ずかしい……ッ!!(ごろごろごろ) でも私の脳内佐幸の標準はこれ。
18世紀長崎の遊女がオランダ人からもらった物を記した中の「しよくらあと」の記述が最初の記録らしいです(ウ○キ○ディア調査)。でも甘いチョコが西洋で広がったのは十六世紀ごろだったって言うから筆頭なら輸入してるでしょう。(ばさら世界で辻褄を合わせようとするなというに)
しよくらあとじゃあなんだかよく分からないのでしょこらとちょこれいとを混ぜた感じの造語に。